宅録を始めて経験を積んでくると「マイクプリアンプ」に興味が湧いてきた、という方は多いと思います。
なんかよくわからないけど、音良くなるらしい! 買ってみようかな!?
そんな時に(?)「とりあえず最初に買ってみた一台」として定番中の定番である「ART TUBE MP STUDIO V3」のレビューです。


そもそもマイクプリアンプとは

このページに辿り着く方はおそらく宅録初心者の方が中心だと思いますので、一応簡単におさらいです。
私、電気的なことはそんなに詳しくないので、あくまでイメージ程度で受け取ってくださいね!(笑)

マイクプリアンプは、マイクの音をミキサーやレコーダーに入れる前段階(プリ:英語で「前の」という意味)で増幅(アンプリファイヤー)してくれる機械です。

そもそもマイクから出てくる音って、ものっっっっっすごく小さい音なんです。
普通の話し声を基準にすると、マイクから出てくる音は蚊の羽音より小さいくらいのイメージ。
そのままだと音量が小さすぎて録音したりミックスしたりできないので、他の楽器とかと同じくらいまで音を大きくしてあげる必要があります。
そのための機械が「マイクプリアンプ」です。

「あれ、マイクプリアンプって持ってないけど、自分のオーディオインターフェースはマイクを挿したら音出るよ?」と思った方。
そう、大体のマイク端子にはマイクプリアンプが内蔵されています。マイク端子の横とかに、マイクの音量を上げるツマミがついてますよね?
それが「マイクプリアンプでどれくらいマイクの音量を上げるか」っていうボリュームなんです。
パソコンでも「マイクのマークがついている端子」にはプリアンプが内蔵されているので、マイクを繋げば普通に録音できるんですね。

じゃあ、なんでわざわざマイクプリアンプを別で買う必要があるのか。
それは、「マイクプリアンプで大幅に音色が変わるから」です。

例えば、指の上に載せられるくらい小さな物があるとして。それを大人数に見せなければいけないとします。
手段としては「写真に撮って拡大する」だったり「大きな紙に模写する」だったり方法はいくつかあります。
「小さいものを大きくする」という最終目的地は同じですが、実際に大きく見えるようになった完成品の質感は全然別物になりますよね。
更に、同じ手段をとったとしても使うカメラや画材によって全然別物になったりします。

音も同じで、小さな音を大きくするためにいろんな方法があり、そのために使用する回路の設計やハードウェアで、驚くほど音色が変わります。
有名なのは「真空管」での増幅だったり「トランス」を使った回路だったりしますが、同じ真空管を使っていてもメーカーによって音は全部違います。
その中に「その機材でしか出せない気持ち良さ」だったり「なんだかカッコいいドライブ感」を持つものがあって、それがマイクプリアンプの個性や魅力になっています。
何より、マイクプリアンプはマイクで拾った音が一番最初に処理されるポイント。ここでの音色変化が最後の最後まで影響するので、その重要さが分かりますよね。
レコーディングエンジニアさんやマイクプリアンプにこだわる人は、機材ごとの個性や特性を理解したうえで、歌う人の声・マイクの種類・楽曲の雰囲気などに合わせて選んだりしているわけですね。

もちろん、オーディオインターフェース内蔵のマイクプリアンプも、各社いろんなアイデアで力を入れていて高品質なものが多いので、十分すぎるほど役割は果たしています。
でも単体のプリアンプを導入することで、もっと音楽的であったり、気持ちいい・カッコいい音を録るための選択肢が大きく増えるので、宅録初心者の方でも導入する価値は十分にあると思います。

概要

ARTは1984年創業のメーカーで、主に初心者でも買いやすいリーズナブルな価格帯の機材を多数リリースしています。
特に真空管を使った機材に力を入れている印象で、今回取り上げている1chのマイクプリアンプシリーズ「TUBE MP」は、コンデンサマイクの低価格化やDAW普及のタイミングも相まって大ヒット。
今でこそ1万円以内の真空管機材も多数出回っていますが、真空管の録音機材自体がけっこう高価なものばかりしかなかった頃、1chあれば十分という宅録の規模に合わせて本格的な真空管マイクプリが安く入手できるというのはかなりの衝撃でした。
価格が安いだけでなく、機材の本体には堅牢な金属を使ったものが多く、非常に頑丈なのも特徴。
私も初めて実物を見たときは「重そう・硬そう」っていうのが第一印象でした。(笑)

また、一言に真空管機材といっても音色は様々です。
なんとなく真空管というと「温かい音」「太い音」「なんかザラッとして武骨そう」みたいなイメージですよね。
実際は真空管の機材でもイメージを覆すようなハイファイだったり冷たい音色を思った機材も多数ありますが、ARTの真空管機材はさっき書いたような「ザ・真空管の音!」みたいなイメージをストレートに体現しているものが多い印象なので、初心者でも効果を実感しやすい、というのも人気の1つだと思います。

そんなTUBE MPシリーズの現行品で代表機種となっているのが「TUBE MP STUDIO V3」。
マイクプリアンプとしての機能に加え、楽器での使用も想定した音色プリセットなどが付加された高機能バージョンです。

仕様


パネルはパッと見はごちゃっとしてますが、操作できるのはツマミ3つとボタン3つのみ。
左から順に入力レベルを調整するINPUTツマミ。かなり可変幅は大きいです。
左から2番目はGAINボタン。このボタンを押し込むことで、入力レベルをデフォルトで-20dBダウンします。
これは入力されてくる音が大きすぎてレベルオーバーで歪んでしまう際に使用します。マイクでONにすることはあまりないですが、楽器だとONにしないといけないことが結構あります。
その隣はお馴染みファンタム電源。ファンタム給電はXLR入力のみ可能です。
そのお隣はフェイズスイッチ。これは音の位相を反転させるもので、宅録でマイク1本で録音とかいう場合にはまず使いません。バンド録音で複数チャンネルの中の1つとして使うときなどに、逆相になって音が打ち消しあってしまったりする際に使うものです。
一番右は出力レベルを決めるOUTPUTツマミですね。
そして、その上に鎮座するのが、TUBE MP STUDIO V3の一番の特徴といえるVOICINGツマミ。これは様々な楽器に最適な音色処理がプリセットされています。
分かりやすいように楽器名で記載されていますが、その外側には「NEUTRAL」~「WARM」まで音色の大まかな系統が記載されているので、楽器名は無視してプラグインのプリセットを切り替えるような感覚でいろんな音色を試すことができます。
左上のメーターはアナログのVUメーター。ARTといえばVUメーターです!(?)
このメーターについてはわりとざっくり(お世辞にも追従性はよくない)なので、感覚的な確認くらいのつもりで見ていればいいんじゃないかと思います。(笑) 完全アナログ機材ですし、その辺はあまり細かく意識せず出音で判断したほうが楽しめますよ!


入出力は完全1ch仕様で、入出力はXLRとフォン端子が使用できます。
ちなみに入力はMICレベル/HI-Z入力で、OUTPUTはLINEレベル出力です。楽器のエフェクター列の中に組み込んだりする場合はレベル・インピーダンス管理に注意しましょう。


インプレッション

今はもうそこそこお値段のするマイクプリアンプをいくつか買ってしまったので使う機会は激減してしまったのですが、それまではこのTUBE MP STUDIO V3をガンガン使い倒していたので愛着があったり、今でもたまに「この音色がいい!」って思う時もあって、未だに手放さずにしっかり機材ラックに鎮座しています。今回改めてその音色を確認しました。

まずボーカルで使った場合。
マイクによってかなり表情が変わるのですが、共通していえるのは「音が分厚く・太くなる」こと。先述した「真空管の音色のイメージ」をまさにそのまま体現したような感じですね。
分厚く太くなるというと「ボワッとしてぼやけるからよくないのでは?」と思われるかもしれませんが、逆に音がシャキっとします。絵で言うと輪郭の線がはっきりする感じ。写真でいうとコントラストを上げた感じとでもいうのでしょうか。真空管のいい意味での”滲み・歪み”が加わることで倍音が持ち上がり、ちょっとしたエンハンサーのような感じで音色の主張部分がよりハッキリと出てきます。
ダイナミックマイクならばSHUREのBETAシリーズやSENNHEISERのE935などすっきりシャキッとしたキャラクターのマイクとは特に相性が良く、音色がソリッド且つ太くなるうえ、適度なふくよかさも出てきて「芳醇な」音になる感じです。低音重視の機種だと少しローが強すぎになってしまうこともありますが、そこは歌う時にマイクとの距離を気持ち離したりする近接効果の調整で十分対処することができます。
コンデンサーマイクには何に使っても合う感じで、RODEのNTシリーズのような高域に癖のあるマイクは適度に音を丸めてくれて耳障りがよくなるし、Audio TechnicaのATシリーズのようなナチュラルフラットなマイクは声のオイシイ部分の押し出しを強くしてくれてちょっとしたビンテージ感が加わったような雰囲気になります。
総じて、TUBE MP STUDIO V3を通すことでマイクのキャラクターを更にブーストさせたり、新たな一面を引き出してくれるのは間違いありません。

ただ、万能なキャラクターなのかといえばそういうわけではありません。これはどんな価格帯のマイクプリアンプでもそうですが、何となく雰囲気が合わなかったり、楽曲と馴染みが悪いというシチュエーションは出ます。
そこで登場するのがTUBE MP STUDIO V3最大の特徴、VOICINGツマミ。
いろんな楽器向けのプリセットが書いてありますが、この際、楽器名は無視してください。(笑) 私はこのツマミは「EQのプリセット」みたいな感覚で使っています。
真空管の電圧を変えたりしているのか固定EQみたいな回路が入っているのかは分かりませんが、驚くほど幅広い音色が出てきます。中途半端な振れ幅より、これくらい大きく音色が変わってくれた方が思わぬ音色がバッチリはまったりすることもあるので面白いと思っています。基本はFLATで録ってみて、なんかどうしても馴染まない!って思ったらグリグリとプリセットを切り替えてみると、きっといい感じにハマる音色がありますよ。

1つデメリットがあるとすれば、低価格帯の真空管機材ではある意味宿命的なところはありますが、少しノイズっぽさはあります。何も音が入ってこないときに「サーッ」という音がうっすらするやつですね。
ただ、これも私はそんなにものすごく大きなデメリットとは感じていなくて、歌で声が入ってきている時には全然気にならないレベルだし、むしろこのノイズっぽさがミックス段階で「音の馴染みの良さ」になっていることを実感することもありました。
因みに私がTUBE MP STUDIO V3を使うのは「クリーンさは残しつつ、ほんのりザ・真空管な質感を加えたい時」なので、OUTPUTツマミはほぼ最大にして、そこからINPUTツマミでレベル調整をしていく、っていうやり方をしています。
逆に音圧高めのロックボーカルやシャウトなどで音をいい感じに歪ませたい!っていう時には、OUTPUTを抑えめにしてINPUTをガンガンに突っ込んで音に歪み感を加えていきます。うまくハマればものすごくカッコいいですよ!

このTUBE MP STUDIO V3を使う時はぜひ、声単体だけの状態で判断せずに、オケやアンサンブルの中にまぜた状態でどんな風に聞こえるのかを気にして音を判断してみてください。そうすることで「マイクプリアンプってこういう効果があるのか!」っていうのがより体感できると思いますし、思わぬパラメータでカッコいい音になったりする発見がたくさんありますよ。

次に楽器で使った場合。過去に録音で使ってもらった時の印象として、
・エレキギター … ニューメタル的な「モダンな歪み」やガンガンに歪ませたサウンドで超高速フレーズを弾きたいとかっていう場合だと音がややヌルくなってしまうので向いていませんが、ジューゲイザー的な”空間を感じさせる歪み”の前段とか軽いオーバードライブで少しルーズな雰囲気のフレーズを弾いたりする時に入れると、音の奥行が深くなってとても良いです。
クリーントーンでも一弦一弦の存在感が増す感じで、ギターソロとかでは物凄く気持ちいい!
シンラインとかのホロウボディやセミアコのギターなら、箱鳴りのオイシイところがしっかり出てきてエロい感じになります。(笑)

・ベース … ベース自体の出音によってはローエンドが膨らみすぎることがあるのでトーンやプリセットでの調整が必要になりますがが、ちょうど良いポイントを見つけると適度にエンハンスされて音がスッキリ整理されるので、とても聞きやすい音になります。私はTUBE MP STUDIO V3側のプリセットは「FLAT」にしてベース本体側で調整してもらう方が良い結果になることが多かったです。ややレベルを突っ込み気味にすると軽いコンプ感もあるようで、弾いていた子はすごく弾きやすくなったと言っていました。

・キーボード … ライン楽器を入力するときはかなり歪みやすいのでレベル管理は注意が必要です。が、それさけちゃんと調整できれば、所謂「ラインくささ」の全くないアナログサウンドになります。ケバめのシンセフレーズを通すことで耳に痛い角をとったり、ロックオルガン系の音色を通すとドライブ感が付加されてものすごくカッコいい音になります。

セリフとか演技の収録には使える?

役者をやっている友達から「宅録でオンライン納品のセリフを録音するんだけど、このTUBE MP STUDIO V3とかってあったほうがいい?」っていう質問を受けたことがあります。
あくまで個人意見ですが、私としては「用途によるのと、調整のやり方をしっかり理解してればすごく良い」っていうことを返答しました。
声だけのコンテンツでは、求められる音のポイントが音楽とはかなり違うんですよね。

TUBE MP STUDIO V3を使って演技を録音する場合は気を付けなければいけない所があって。
まず「調整を間違うとノイズっぽい音になる」可能性があります。これは入出力のバランスが悪いとサーッというホワイトノイズが入ってしまう可能性があったり、入力を突っ込みすぎてしまうと歪みっぽい声になってしまう場合があるということ。
そしてわりと歪みやすい機材なので、静かな演技~声を張る演技の振れ幅が広い時には調整が難しいです。

じゃあ使わない方がいいのでは!?って思うかもしれないけど、そのあたりの調整がちゃんと出来てさえいれば、真空管の温かな質感が付与されて耳に心地よい音で録音できるのも確かです。
なので比較的声の振れ幅が少ないナレーションや朗読音源やなんかでは、非常に強い味方になると思います。短い単発のセリフ録音みたいに、都度セリフに合わせた調整ができる場合なら比較的組み込みやすいのではないでしょうか。

あと、セリフとか演技の録音ではVOICINGツマミを使うとちょっと音色変化が激しすぎるので、基本FLAT固定で録ることになると思います。
なので、歌とかは歌わず演技だけに使う!っていう場合はVOICING機能を省いてプリアンプ機能に全力を振った姉妹機種「TUBEMP PROJECT SERIES」を導入するというのもよいかもしれません。(質問してきた子は結局そっちを買いました。笑)

安めのマイク+安めのインターフェースだと音が硬すぎるとか言われる場合もあるので、このTUBE MP V3とかを通すことで手軽に音に温かみをつけることができるのはポイント高いです。後述の真空管交換をすること、更に演技での使い勝手は向上しますよ!

真空管の交換による効果は?

サ〇ンドハウス様のレビューや購入者さんのレビューブログ等で、このTUBE MP STUDIO V3は真空管の交換に関する記述が非常に多いです。私も真空管は交換しました。

元々真空管のカスタムを想定しているのかどうかは分かりませんが、TUBE MPシリーズはドライバー1本あればわりと簡単に真空管が交換できるようになっています。
私は下調べ無しでいきなり分解してみましたが、それでも何となくでちゃんと交換ができました。

※真空菅の抜き差しには少し力がいります。ヘタすると真空管を割る可能性があるので注意。あと感電防止のために電源アダプタは絶対抜いてから作業しましょう!

真空管は「12AX7」というオードソックスな規格のものが使われているので、安い物から高い物まで幅広く販売されています。
TUBE MP STUDIO V3で交換の定番になっているのは「JJ ELECTRONIC」というメーカーの「ECC83S」ですね。品質の安定性に定評があり、ノイズも少ないのでマイクプリアンプには最適。私もこれを使っています。

交換後、やはり評判通りノイズっぽさが驚くほど軽減されました。
音色自体も真空管らしい温かな質感は残しつつ、音の粒子が細かくなった感じでとても扱いやすい音になりました。
それと、少し歪み始めるまでの余裕が大きくなってきました。これは良し悪しがあると思いますが、クリーンな音域を広げたい場合はやはり交換した方がいいと思います。逆に「もっと太くて歪みっぽさを出したい!」っていう場合はギターアンプ用とかでそういう評価の高い真空管に交換するとカッコいい音になるかも!
新品に組み込まれている真空管も多少品質差があるとはいえ悪くないみたいですが、交換は視野に入れておいた方がよさそうですね。

※分解しての真空管交換は自己責任になりますので、そのあたりは十分に理解したうえでカスタムしましょう!

まとめ

1万円前後のエントリークラスのマイクプリアンプは幾つか販売されていますが、その中でもロングセラーの定番になっている機種は実はそんなに多くありません。
やはりこの価格でサウンドと機能のバランスがしっかりとれていて扱いやすいのが人気の秘密ではないでしょうか。

マイクはもちろん楽器の録音の手軽なステップアップの1つとして、ぜひ試してみてくださいね。